漢方の特質

目次
1.漢方医学は治療医学 2.相手は生きた病人 3.個人差を重視 4.患者の愁訴を重視 5.随証治療を行う 6.攻める治療と守る治療 7.大病後あるいは手術後の調理

1.漢方医学は治療医学
漢方医学とは治療医学であるといえます。病者個人を内科的に治療することを建前としています。そのために診療の全ては治療を中心に展開し、理論は後まわしにしても病人の苦痛を解放することに重点を置いてきました。この点で東洋医学の原因究明にはみるべき進歩がなかったといえます。西洋医学が病気の本態の解明に力を注ぎ、細菌やヴィールスを発見し、麻酔と外科手術を発展させ、最近はついに遺伝子病にまで迫ってきたこととは対照的に思います。

2.相手は生きた病人
西洋医学では検査で異常があるか、病名は何かが重視されます。これがわからないと治療が始められない仕組みになっています。そのため西洋医学では、診断はついたが治療法がないとか、たとえ患者が困っていても、検査に異常ないから治療の必要を認めないということも、起こり得えます。病人をみないで病気をみるといわれるゆえんでしょう。
病人は生きておりその苦しみは抽象的な病名とは別のものです。漢方医学では全身状態を考慮しささやかな局所の病変も全身の不調和に関係があると考えて、脈を診たり、腹を診たりして、治療法を決めます。一つの病気を治して他に病変が現れることのないような治療体系になっているといえます。

3.個人差を重視
漢方医学では治療の対象が個別の病者ですから、個人差を重視します。個人差は大きくいって陰・陽・虚・実に分けてとらえます。
陰は症状が、内にこもり外に現れにくく、新陳代謝が活発でなく、脈も沈んで弱く、脈拍数も少ない。陽は症状が、発揚性で外部に現れ、新陳代謝は活発で、脈も浮で速い。
実際の病人では陰陽とともに虚実もからんでいる。虚は病気への抵抗反応の弱い状態で、実は抵抗する力の強い場合である。そこで陰虚というと冷え性で体力が弱く、陽実というと血色もよく体力が強いことを意味します。そのほか陰実とか陽虚とかいう場合もあり、さらには身体のどこが陽虚でどこが陰実かを診断することもあります。

漢方医学ではこのように陰陽虚実でもって個人差を診断しますが、この方法は近代の西洋医学が発達する以前に体系が完成しておりました。だから漢方医学では五官を駆使した診察法を作り上げてきましたが、検査機械を用いた診察法はできませんでした。しかし検査データがなくとも漢方の診断はできる仕組みになっています。
またこの個人差診断は生活指導や処方の選択に直接結びついています。例を高血圧にとれば、同じ高血圧でもその体格、素因、生活環境を考慮するのが、この医学の治療方針です。全体の調和を先決問題として取り上げ、その生活、特に食生活の指導を行うとともに、血圧が徐々に安定するよう処方を選択します。ただ血圧を下げればよいという態度ではありません。

4.患者の愁訴を重視
たとえば足の裏がほてって気持ちが悪い、夜は布団から足をだして寝る、冷たいものに触れていると気持ちがよいという人がいます。中年以降の人にはこのような訴えは少なくないですが、しかし西洋医学の医師はこの訴えをカルテに記入はしないでしょう。何故ならほてりは、身体に熱でもない限り、病気のサインとは見なされず、病気と関係がなければ記入しないからです。ところが漢方医学ではこれを血熱と呼び、地黄の入った処方を用いる大切な指標にします。
また老人や大病後の患者などで、水をゴクンと飲みたいほどではないが、少しづつ口を潤す程度に水が欲しいことがあります。舌を見ると赤くてツルツルしていて、乾燥して話すと舌が粘りもつれて話せまん。これは舌乾といい滋潤剤(人参、地黄、阿膠、麦門冬、当帰などの入った処方)を用いる大切な指標にします。
このように漢方では患者の愁訴がそのまま処方の決めてとなるので、訴えによく耳を傾けます。訴えを聞き分けることが処方を選ぶために必要なのです。

5.随証治療を行う
近代医学ではしかじかの兆候があるから胃潰瘍と診断しますが、漢方ではこれこれの症状があるから葛根湯症候群すなわち葛根湯証だと診断します。葛根湯証では脈が浮いて力があり、項部から背にかけて凝る、そのときよく頭痛がともなう。また熱のある場合には悪風または悪寒がある。しかし自然に汗がでることはない。
以上の症状があれば病名は何であっても、葛根湯の適応症であるから、葛根湯証と診断して、感冒でも、五十肩でも、神経痛でも、フルンケルでも、結膜炎でも、副鼻腔炎でも、中耳炎でも、病名のつかないときでも、葛根湯を用います。この場合扁桃腺炎を感冒と誤診し、筋肉リュウマチを神経痛と誤診しても、やはり葛根湯で奏功することに変わりはないです。
証が葛根湯の証であれば、このように病名や病状が違っても、同じ葛根湯を用いて治療することを証に随って治療するすなわち随証治療と呼ぶ。漢方は証を診断し随証治療を行います。

6.攻める治療と守る治療
病気の治療に当たっても、戦争の場合と同じく、攻めと守りとがあります。敵の力が弱く味方が有利とみれば攻撃をしかけ、これを瀉といいます。勝つ見込みがなければ味方の消耗をさけて守る。これを補といいます。
肺炎にかかった場合を想定しましょう。同じ肺炎でも実証なら瀉剤を用いるし、虚証なら補剤を用います。健康で頑丈であった壮年の人が急性肺炎にかかると、熱も高く、咳も出て、呼吸も苦しく、身体のあちこちが痛く、症状も激しく強く現れ、脈も浮いて力のあるのがふつうです。このような場合には味方に兵力が十分にあるので麻黄湯や大青竜湯を用い突撃戦を試みます。
ところが老人性の肺炎では、熱も上がらず、咳も少なく、あまり苦しまないので、病気が軽いようにみえる。これは脈も小さく弱く、病気に抵抗する力が弱いので激戦にならない。こんなときは補給戦に徹したとえば真武湯のような薬を用います。大青竜湯などを用いると体力を消耗させやがて死に至りことがある。
漢方治療で大切なことはこの虚と実の判断で、虚と実とを取り違えた治療をすると、いつまでたっても治らない。あるいはかえって状態を悪くしかねません。

7.大病後あるいは手術後の調理
大きな病気あるいは手術をした後、様々の不調に苦しむ人がいます。大病の後は疲労しやすく神経的にも過敏になりがちです。腹腔内の手術をすれば腸が癒着して腸閉塞を起こしやすくなります。胃の摘除術後にはダンピング症候群が起こりえ得ます。乳癌手術や婦人科骨盤腔内手術後には、腕や下肢のリンパ腫のために堅く浮腫むことがあります。西洋医学は病気を相手に治療しますから、手術で病気を取り除けば治療は終わりです。命を守るためにやむを得ぬ手術とはいえ、後始末もなされず放置されているのを見ると悲痛な思いがします。
この大病や治療の後始末あるいは調整のことを東洋医学では調理という。病人を相手に治療するので東洋医学には調理の方法があります。

i以上のまとめ 

 

漢方医学

西洋医学

個人の病気の治療を重視する 病気の本態を追求し原因を明らかにする
生きた病人が治療の相手である  病人から病気を取りだしてみる
一人一人の個人差を大切にする  個人差は切り落とし普遍性を尊ぶ
患者の自覚的愁訴を重視する .他覚的所見を重視する
症候群治療、随証治療をたてまえとする 病名治療をたてまえとする
虚実の診断により治療の方針が決まる 治療に虚実の考え方がない
大病後、手術後の手当が完備している 大病後、手術後の手当が不備である


漢方の基礎知識

目次
煎じ薬 西洋の煎じ薬 民間薬 民間薬と漢方薬 漢方治療と西洋治療 漢方治療は全体的 漢方薬の種類 せんじ方と飲み方 エキス剤の飲み方 飲んだ後の変化 瞑眩か副作用か 甘草による偽性アルドステロン症 小柴胡湯で間質性肺炎 地黄剤の誤用 麻黄は交感神経を刺激する 漢方薬と西洋薬との併用

煎じ薬
世間一般の方々が漢方と思っているものの中に実は漢方でないものがかなりあります。何故このような間違いが起こったかというと、草根木皮をせんじて飲むことが漢方だと思っているため、せんじて飲むものはなんでも漢方だと考えている方が多いからです。

西洋の煎じ薬
便秘にセンナ葉をせんじて飲み漢方だと思っている方がいます。ところが便秘にセンナ葉をせんじて飲むのは、西洋医学で用いるせんじ薬で、漢方薬ではありません。このように西洋にもせんじ薬を用いる民間医学があります。ドイツ、フランスでは植物療法と呼んでいます。ですからせんじて飲むものはなんでも漢方と早合点してはなりません。

民間
 工事中

民間薬と漢方薬
ところが、漢方薬も本を正すと、民間薬として素人の間で用いたものを、長年月の経験の結果、その効力が認められて、医師の処方の中に取り入れられるようになったものです。ですから、民間薬と漢方薬とをはっきり区別できない場合もあり、ときには漢方薬を民間薬として用いたり、民間薬を漢方の処方中に組み入れることもあります。ただ薬の用い方が、民間薬として用いる場合は、医学的診断を用いずに、素人判断で用いるのに反し、漢方薬として用いる場合は、漢方医学独特の診断によって、処方として用いるのです。だから漢方は、一味ずつせんじて飲むのではなく、多くは数種の薬を調合して一つの処方として用い、これに一定の名称がついています。それで同じ漢方薬でもその組み合わせの上手下手によって、よく効く処方もできれば、効かない処方もできるのです。

漢方薬はその大部分は中国産のものです。これに反し民間薬は、日本の原野に野生しているものを、単味で用いることが多く、お茶のようにがぶがぶ飲んでも副作用の少ないものが大部分です。

漢方治療と西洋治療
西洋医学の医師には、それも往々にして学識や権威のある医学者に、「漢方が効くなら水を飲んでも効く」とか「医者の用いない薬が漢方薬だ」などという人がいます。ゲンノショウコをせんじて飲むのが漢方だくらいしか知らないからこんな言葉がでるのでしょう。実は私は医師になってから西洋医学一辺倒でした。漢方は何も知らないのに「あんな草の汁を飲んで何が効く」と思ったことがあり、学者先生同様の漢方知らずでした。そんなわけで人のことを笑えた分際でもないですが、漢方を知らないことを知らないで漢方をあれこれ論じる人はいるものです。そんな言葉に惑わされないよう、次に漢方治療が西洋医学と根本的に違う点をご説明します。

漢方治療は全体的である
漢方治療には幾つか特徴がありますが、その一つに、治療が局所的でなくて全体的であるということがあります。近代の西洋医学は物事を細分して分析し、個性は捨て去り普遍的な本質を求めますが、そのためにかえって身体全体の調和を見失うことがあります。

たとえば、かつて大塚敬節先生という昭和の名漢方医といわれた方がおられました。先生は高知県の産婦人科医のご長男でしたが、幼い頃より体が弱く、十歳のころから、舌や唇、頬の粘膜などにアズキ大からダイズ大くらいの潰瘍のできる持病があって、とても苦しまれました。これに対し、西洋医学では、含嗽と患部を硝酸銀で焼灼する方法をとりました。これはできている潰瘍の治療であって、こんなことをしなくとも、十日もたてば潰瘍は自然に治るのです。先生はもう後からこんな潰瘍はできないようにと望んだのでした。三十歳をすぎてもこの潰瘍はときどきでて先生を苦しめてましたが、甘草瀉心湯という方剤を飲むようになってから、すっかり根治して、再びできないようになりました。

また先生はぐっすり眠れると翌朝は、頭が痛くて起きられないという持病をお持ちでした。この持病も、甘草瀉心湯を飲んで、口内炎が治ったころから、非常に軽くなり、一ヶ月に一回くらいしか起こらなくなりました。その後夕食の食べ過ぎに注意し、夕食後のお菓子をたべないようにしてからは、この持病も忘れたようによくなりました。

甘草瀉心湯で口内炎も頭痛もよくなったということは、この二つの病気の間には深い関係があるはずです。ところが近代の西洋医学では、口内炎と頭痛とを別々の病気と考え、これを別々に治療したので、うまく根治しなかったのです。実は先生のご長男も口内炎ができやすく、ご長男の場合は黄連解毒湯加甘草で治りました。
ですから、大塚敬節先生には甘草瀉心湯がよく効き、ご長男には黄連解毒湯加甘草がよく効くということは、これらが口内炎の特効薬だからではありません。その人の体質を考えに入れて、全身の不調和を整える結果、口内炎が治るようになっている薬だからです。つまり体質の違いが効く薬の違いとなって現れているのです。このように体質や症状の違いによって、同じ病気でも治療法が違ってくるのが漢方の特徴の一つです。

漢方では口内炎のような局所の病変でも、全身の不調和に原因があるとして、全身的総合的治療をするので、口内炎も頭痛も一緒によくなったのです。ところが西洋医学では、一つの病気を治したために、他に病気が起こったということが、たびたびあります。これは全体を忘れて、局所的治療に片寄る傾向が強いからで、場合によっては、軽い病気を治して、重い病気を引き起こすことすら、我々の周辺にはたびたび見られる事実です。

漢方薬の種類と処方
エキス剤とせんじ薬
 工事中

漢方薬のせんじ方と飲み方
(
a)漢方薬をせんじる器は、今は耐火性の土瓶が販売されています。またガラスポットを電熱器の上に乗せて用いる機械もできて便利になりました。土瓶がないときは、アルミや瀬戸引きの鍋や薬缶などを利用してもよいです。万一沸騰しても煮こぼれないよう容量が1リットルくらいのものを用意します。鉄製のものは、せんじているうちに薬液が変化するといけないので、避けます。
(
b)火はガス、電気、炭火なんでもよいですが、あまり火力の強いものはよくありません。軽く沸騰し、細かく泡だって、薬が上下に動く程度の火力にします。グラグラ大きな泡ができるほど煮立ててはいけません。
(
c)湯気が逃げられるよう蓋は少しずらします。
1日分の薬を1回にせんじます。したがって
600tの水に1日分の薬を入れて、半分の300tに煮詰めます。

せんじた経験のない方は、先ず水
300tを入れて、器の底に割り箸を垂直に立て、水にぬれた部分の一番上に鉛筆などで印をつけます。これが半分に煮詰めたときの水位を示します。その後さらに300tの水を加え600tにします。これをとろ火で煮て半分の水位になるまでの時間が、およそ50分前後になるよう、火の強さを求めます。火の強さは一定にして途中で変えません。火の強さがつかめたら、今度は実際に薬を入れて煮詰めます。

(d)せんじあげたら、すぐに茶こしやガーゼでこし、カスを除きます。
(
e)薬液はコップなどに入れて覆い、外出がちの人は1日分を2回に、また在宅の人は3回に分けて、飲みます。1回分はせんじてすぐ暖かいうちに飲みます。
(
f)特に春夏は、室内に放置して味が変わったり腐敗してもよくないので、残りは冷蔵庫に保存します。飲む前に電子レンジなどで温めて飲みます。温める余裕がないときは冷たいまま飲んでもかまいません。
(
g)服薬は食事とは30分以上はなせば、食事前でも、食事の後でも、食間でもよいです。要は忘れずに飲めるよう自分の生活のリズムに組み入れることが大切です。主婦の方でしたらたとえば、炊事の前に先ず薬を飲み、それから取りかかると服薬を忘れません。
(
h)もし食前に服薬して、胃がもたれる、胃が重いようなら、食後に飲むと改善することがあります。
(i)風邪を引いて寒気がしているときは、フーフーいって冷ますくらいに、熱くして飲みたいものです。こうすると薬の効き目がよくなります。
(
j)吐き気のあるとき、吐血、喀血、衄血(鼻血)などのあるときは、温めないで冷たいまま飲みます。熱いと血管を拡張させかえって出血を促すかも知れません。

(k)エキス剤の飲み方
@1袋(1回分)の粉薬を湯飲み茶碗に入れます。
Aそこに熱湯を3分の1から半分くらい入れて、1〜2分おき、スプーンでかき混ぜ、よくとかします。(Aは、同量の水を加え、電子レンジで一瞬沸騰させる方法でもよいです。)
Bできた薬液は、口をつけられるくらいに温度を下げて、飲みます。熱すぎたら急ぎのときは水を加えてもよいです。
C粉の薬は湿気を帯びると固まるため、春夏温度の高い時期は、ビニール袋に入れて冷蔵庫に保存します。

漢方薬を飲んだ後の変化
漢方薬は飲んでどれくらいしたら効きますか。
これはいろんな条件によって左右されますから、一概にはいえません。急性に来た症状はは1服でよくなることもあります。自分ではよくなったように感じても、医師の診断ではよくなっていないことがあり、慢性病で体質改善が必要な場合は

23年間は服薬を続ける覚悟が必要です。ただしこの間いつまでも同じ薬を続けるとは限らず、ときどき診察して、その症状の変化に応じて、処方を変更する必要があります。それでは、どれだけ飲めば症状に変化が現れるかというと、それはいろいろで一定しませんが、急性病のときは、一、二日で変化することが多く、慢性病では数ヶ月同じ薬を飲み続けてよい場合もあります。ただ症状が変化して、処方を変えなければならないときに、処方を変えないで飲んでいると、効果がないばかりか、ときにはかえって悪くなることもあります。

薬を飲んでおいしく感じるときは、たいていは薬がその方の体に合っていて、早晩効果が出ることが期待できます。身体が必要とするものはおいしく感じるようです。運動をした後は塩分や酸味のものが欲しいのと同じことでしょう。もちろんおいしく感じないと効かないということではありません。

また取り立てていうほどの変化は起こらないが、何となく気分がよくなったということがあります。このように「何となく気持ちがよい」というときは、たいていその処方が体に合っていますから、しばらく飲み続けます。そうしているうちに症状が軽くなってきます。薬が体に合えば、いろいろの症状が軽くなるのは当然ですが、一つの症状はよくなったが、他の症状はよくならないということがあります。そのとき今までの薬を飲み続けるか、処方を変えるかは、そのときの体の状態によって決まります。変えるべき状態か否か診察が必要です。

瞑眩か副作用か
ところが、薬を飲んだために、今までなかった症状が現れてくることがあります。たとえば、胃下垂症で、食欲のない方が六君子湯という薬を飲んだところ、食は進むようになったが、下利になったということがありました。このように今まで下利のなかった方が、下利としての働きのない六君子湯を飲んで、下利を起こした場合、これをどう考えたらよいか。六君子湯は下剤ではありませんから、ふつうは下利を起こしません。ところが、これを飲んで下利を起こした場合に、病気がよくなる前兆として、下利を起こす場合と、薬が体に合わなくて下利を起こす場合とがあります。もし前者の場合であるならば、下利を起こしても不快ではなく、一、二日の下利で自然に止み、あとはかえって快調になります。漢方ではこのような場合を瞑眩といっています。ところが、薬が体に合わなくて下痢するときは、なんとなく不快であるばかりでなく、下利はなかなか止みません。このような場合は処方を変える必要があります。

漢方薬と副作用

甘草による偽性アルドステロン症、ミオパチー
甘草を含む製剤により偽性アルドステロン症が起こることが知られています。偽性アルドステロン症は、腎臓の尿細管に原因があって、ナトリウムを尿中に排出しないので浮腫や高血圧になり、またカリウムを排出してしまうので筋肉の脱力や痙攣などミオパチーになる病気です。

人参湯で浮腫みが来た例を経験したことがあります。この例では服用を続けるうちに浮腫みは引きました。人参湯には甘草が含まれており、これが浮腫を引き起こしたと思われます。ふつう漢方治療で浮腫などを引き起こすことは、多くの処方に甘草が含まれている割には、極めて希です。早く浮腫を取りたいときは五苓散を飲みます。浮腫、高血圧、ミオパチーなどの症状を既に持っている方の治療の際は、症状を悪化させていないかどうか注意して用いればよいと思われます。

小柴胡湯で間質性肺炎になり死亡した、と新聞テレビが大々的に報じることがあります。化学合成の薬品が間質性肺炎を引き起こすことは知られていました。近年漢方薬の小柴胡湯でもまた起ることがわかり、世間の漢方安全神話を揺るがせました。
しかしここは冷静に事実を確かめて評価する必要があります。
小柴胡湯による間質性肺炎の発生頻度は
25,000人に1人で、重症の肝疾患などにおいてインターフェロンを併用中に頻度が高まることが知られています。それぞれの患者が小柴胡湯で間質性肺炎になるか否かを予測することは、これは長年の漢方経験をもってしても、難しいといわれています。それでも先ずは、小柴胡湯を虚実の判断もなしに用いないこと、高齢者や全身状態のよくない虚症の人には補中益気湯などの補剤を用いること、などにより未然防止に努める必要があります。次には、間質性肺炎になったら直ちに服用を中止することです。間質性肺炎は発熱、乾いた咳、呼吸困難などの症状がでます。このような症状を認めたならば直ちに、胸部エックス線、血液ガス分析を検査します。間質性肺炎と判明すればステロイド剤を用います。早期発見に努めれば死亡事故は防げたはずという意見があります。

小柴胡湯は間質性肺炎の他、肝機能障害、膀胱炎症状を引き起こしうることが報告されています。小柴胡湯の類縁処方には、柴朴湯、柴苓湯、柴胡桂枝湯、柴胡桂枝乾姜湯、大柴胡湯などがあり同様の注意が必要です。また半夏瀉心湯でも間質性肺炎に注意が必要とされています。

地黄でも胃腸障害を来すことはまれならず経験します。ところがこれは副作用ではなく、地黄剤の誤用によるものです。普段お腹でボチャボチャ水の鳴る音がするとか、あるいは少食で胃もたれや下利し易いとか、胃腸の敏感な人には、地黄を含む処方は用いません。もし地黄剤を飲むと胃重、食欲不振、下利、便秘などの症状が現れます。そこで漢方治療では、患者の虚実に合った処方を用いれば、このような反応は起こさないシステムになっています。

また麻黄は交感神経を刺激する働きがあります。このため高齢者や虚弱者では、胃腸障害、排尿障害、睡眠障害を来すことが知られています。また重症高血圧、狭心症、心筋梗塞、腎障害などを患っている人の場合には麻黄剤は慎重に投与しなければなりません。
麻黄を含む処方にどんなものがあるかあげておきます。葛根湯、葛根湯加川辛夷、麻黄湯、小青竜湯、麻黄附子細辛湯、麻杏甘石湯、五虎湯、神秘湯、越婢加朮湯、f苡仁湯、麻杏f甘湯、防風通聖散、五積散などです。

このようにご説明しても、本当にいくら長期間飲んでも副作用はないかご心配は尽きないかも知れませんが、そのときの体の状態に応じた薬をお飲みなら、長期に飲んでも副作用のご心配には及びません。漢方ではそのような薬が生き残ってきたのです。

漢方薬と西洋薬との併用効果
漢方製剤と他の薬剤とを組み合わせにより、併用効果が認められものがあります。

悪性腫瘍に補中益気湯、十全大補湯(抗ガン剤・放射線療法と併用)
MRSAに補中益気湯、十全大補湯。
気管支喘息に柴朴湯(発作頻度の減少、ステロイド剤の減量と離脱促進)
アレルギー性鼻炎に小青竜湯(抗ヒスタミン剤、抗アレルギー剤で症状軽減を見ない例)。
慢性腎炎に柴朴湯(ステロイド剤の減量・離脱)。
慢性肝炎に小柴胡湯(肝機能改善、肝ガン発生抑制)。
慢性胃炎に六君子湯。
胃潰瘍回復期に柴胡桂枝湯。
高血圧症に釣藤散、麦門冬湯(ACE阻害剤の咳)。
糖尿病に牛車腎気丸(末梢神経障害)。
精神疾患に五苓散、白虎加人参湯(抗精神病薬の口渇)。
不妊症治療に当帰芍薬散、温経湯、桂枝茯苓丸。
更年期障害に加味逍遙散、当帰芍薬散。
前立腺肥大に八味地黄丸。