疲労と漢方

漢方以前のこと 疲労の漢方治療 漢方の考え方

A.漢方以前のこと
疲れは日常生活の中で様々に経験します。自覚するのはたとえば次のようなときでしょう。身体がだるい。明け方に盗汗をかく。朝起きるのがつらい。家事や仕事が億劫に感じる。集中力が落ちた。あまり人にも会いたくない。
こうしたことが風邪や病気の後なら誰しも休養と摂生に努めます。これでまた元気を取り戻すのが普段の生活です。
でも思い当たるふしがない、あるいは休養しても疲労が取れないとなると、やはり何か病気を疑います。たとえば慢性肝炎、慢性腎炎、甲状腺疾患、糖尿病、悪性腫瘍などが隠れているかも知れません。念のため検査は受けます。さらには心の病気たとえばうつ病のこともあるでしょう。原因が身体のあるいは心の病であるときはその原因の治療が大切です。

原因がわかっても治療や解決の難しいこともあります。たとえば効果的な治療法がまだ見つからない病気であるとか、長年の葛藤やストレスの影響で身体機能が疲れていることもあるでしょう。
原因がわかっても有効な治療法や解決法がないとき、さらには原因不明のとき、疲れを癒すことは望めないでしょうか。私は必ずしもそうは考えません。先ず第一に希望こそは最良の薬といいます。望みを捨てないことです。漢方は決して魔法の薬ではありませんが、漢方で身体が楽になり生活の質が改善することも少なくありません。
身体が楽になると気持ちにゆとりができ、難しくみえたことも見直す余裕ができます。

B.疲労の漢方治療

@.肉体的疲労が主なとき
補中益気湯
朝起きるときから身体がだるい、お座りの姿勢がつらく椅子にもたれ掛かる、横になる、食後眠気がくるというときに用います。
慢性病特に慢性肝炎などで疲れやすいときにも用います。その他軽いうつ病でだるさや疲れを自覚するときは補中益気湯がよく効きます。

六君子湯
疲れもあるが、疲れて食欲がない、食べるともたれるなどというときに用います。

人参湯
もともと細身で、食が細く、下痢しやすい、顔色が青く手足が冷たいという人に用います。

以上の漢方薬には朝鮮人参が入っています。朝鮮人参は胃腸や内臓の働きが衰えて元気のない人にはとても重要な薬です。もともと精力的で体力のある人がのむと効き目がないだけではなく、むしろのぼせや血圧を上げることもあり注意が必要です。

A.心理的疲労が主なとき
この場合にはイライラ、不眠、心配事、気分の落ち込みなどを伴うことが多いものです。原因となるストレスを避けあるいは生活習慣を改めることも大切です。
抑肝散
イライラする、怒りっぽい、寝つけない、というとき用います。女性の生理前のイライラと疲れによく効きます。テクノストレス−パソコン画面を長時間見つめて目の奥が痛む、眼精疲労になる−にも用います。

柴胡桂枝湯
疲れてイライラすると胃が痛むというとき用います。胃潰瘍や十二指腸潰瘍のできやすい人にも向いた処方です。

加味逍遙散
更年期前後の人で、疲れやすい、イライラする、気がふさぐ、気を使いすぎる、というときに用います。

B.虚弱体質
最後に漢方の古典では虚労といい、ここにいう疲労と似てますが、今日では虚弱体質と呼ぶ病態があります。
虚弱体質の症状は、子供の場合ですと、年寄りみたいにいつも元気がない、ごろごろねていたがる、友達と遊んでいてもすぐ疲れて休む、食が細い、腹痛を訴える、カゼを引きやすい、体が冷える、体がしびれる、手足がぼんやりなま温かい、微熱が取れない、盗汗をかく、鼻血を出しやすい、などのことがあります。小建中湯、黄耆建中湯、桂枝加竜骨牡蛎湯などが使われます。
症例
壮年期老年期の場合ですと、虚弱体質とはいいませんが下半身の衰えでている状態で、足腰が重だるい、疲れやすい、口が乾きやすい、夜間トイレに何度も起きる、よく足がツル、などのことがあります。八味地黄丸が用いられます。

C.漢方の考え方
@.漢方では身体の疲労は脾胃の虚(消化吸収機能の衰え)によるものと考えます。実際胃腸障害を起こすといつもにくらべ体力が落ちだるく疲れやすくなります。その典型例は夏負けでしょう。
さらには胃腸の機能が衰えると風邪を引きやすくなり、あるいは一旦かかると治りにくい状態にもなります。近年の研究によると、腸は免疫機能を主る臓器であることがわかってきました。これは現代医学が免疫の方面から漢方の考え方を証明してみせた一つのすばらしい例でもあります。

脾胃の虚を補う重要な漢方薬に人参(にんじん)と黄耆(おうぎ)があります。
人参は噛むと甘く薄苦い味がします。胃腸が衰弱し新陳代謝機能が低下した状態を奮い起こします。それとともに気力を増す効能があります。
黄耆は薄甘い味がします。強壮作用や疲れを取る効能があります。薬膳料理に用いることもあります。

そこで漢方薬には人参あるいは人参と黄耆を組み合わせた処方が少なくありません。
たとえば人参湯、六君子湯では人参が主薬です。補中益気湯は人参と黄耆が主薬です。
ちなみに、補中益気湯という名前の「中」は漢方ではお腹のことをいいます。「補中」とはお腹の働きを補うという意味になります。「益気」とは気力を増すという意味です。補中益気湯という名は確かにその効果をずばり表しています。

A.さて次は心理的方面からくる疲れについてですが、漢方の用語に肝という言葉があります。肝とは、肝臓とその周辺を含めた部位を指し胸脇ともいいますが、同時にその部位の働き・機能のこともいいます。肝臓疾患、呼吸器疾患などの際にはこの部位が張った感じあるいは塞がった感じを覚え、押されると苦しいものです。これを胸脇苦満と呼びます。胸脇苦満があれば病気の原因を問わず柴胡(さいこ)を含む処方を用いると治ることを古人は知っていました。そのほか気づかいイライラなどの状を認めるときにもまた柴胡が有効です。それで古人は今いう神経症のことを肝の病とみていました。胸脇に病があるので気をつかったりイライラすると考えたのでしょう。抑肝散、柴胡桂枝湯、加味逍遙散はみな柴胡を含むことで共通点があります。