診療記録(睡眠相後退症候群)

DSPSに補中益気湯
〔症例〕男性 32歳 設計技師
〔現病歴〕某年2月徹夜作業が1ヶ月間続いた。徹夜が終り通常勤務に戻ってみると寝起きが悪くなっていた。入眠が深夜2~3時で起床が午後2~3時になり、起きても頭も体も働かずボンヤリとテレビを眺めて過ごすだけだった。無断欠勤したが会社のことが頭から離れなくて気分が落ち込んだ。
〔現在症〕中肉中背。顔色は薄黄色く汚れた感じ。脈沈。舌は無苔で白沫がつく。口に唾液がたまる。腹皮は薄めで緊張し心下に振水音を認めた。表情が不活発で声も低い。食欲が低下した。夜はビショビショに寝汗をかいた。
〔経過〕同年4月最初はうつ病で不眠になったと判断した。抗うつ剤と安定剤を処方すると2週間で抑うつ気分は治った。しかし不眠は変わらなかった。その様子をよく聞くとこれは不眠症ではなく睡眠相後退症候群であった。そこで補中益気湯をあげると1週間で食欲や盗汗は回復した。2週後には入眠が12時で起床が7時と早まり、起床後のボンヤリした状態も解消した。3週後には復職した。6週後に服薬を止めた。
その後同年10月と翌年2月にも再発した。やはり補中益気湯で回復し、復職も廃薬も初回とほぼ同じ期間であった。
元へ戻る

DSPSに補中益気湯+四物湯
〔症例〕 女性 46歳 主婦
〔既往歴〕かつて神経症性不眠で初診した。夫の帰宅が夜遅く子供は朝早く登校する。その時間に合わせて寝起きするために少量の睡眠剤服用してきた。
〔現病歴〕某年9月それまでとは様子が変わった。午前中は眠くだるいのに夜は逆に体調がよくなり、眠気がさすのは12時過ぎという状態が3週間続いた。
〔現在症〕中肉中背。肌に艶がない。脈沈弱。舌湿潤。腹皮軟らかい。心下に拍水音を認めた。両上腸骨窩には軽い圧痛を認めた。
〔経過〕(ⅰ)同年10月虚証の睡眠相後退なので補中益気湯を選んだ。また診察で血も認めたので四物湯も併用した。この併用処方で2週間飲んで夜には眠気がさし日中は動けた。薬が切れると疲れ易く2ヶ月間は飲み続けた。このころ主訴が変わり処方も変えたが睡眠相の遅れは治っていた。
(ⅱ)翌年9月1ヶ月半前から夜に冴えて午前中ボンヤリすると訴えた。補中益気湯+四物湯が有効なら単剤の十全大補湯でもよいのではと考え4週間ねばってみた。その結果昼寝は減ったものの依然元気がなかった。億劫で面倒なことは後回しにする傾向も改善しなかった。またのぼせて手足が煩熱し肩が凝った。補中益気湯に変えて2週間続けても変化がないので、以前に有効だった補中益気湯+四物湯に戻した。すると2週間後には日中の眠気が減り気力が出た。まだ全快には至らなかったので効きを強める意味で附子末0.6gを加えた。2週間後には元気に動けて久々に趣味も楽しめた。このころ処方を変えも状態は逆戻りしなかった。
(ⅲ)それから2年後の12月、生理が遅れ、のぼせ、発汗、動悸などを訴えた。当時用いていた補中益気湯にこのとき加味逍遙散を加えた。その1ヶ月後入眠が遅れ12時過ぎとなった。加味逍遙散と四物湯に変えて2週後には11時には寝ついて日中は疲れなくなった。
〔コメント〕この方の入眠時刻は午前2時を超えないので睡眠相後退に該当する程に重症ではありませんが、日中の倦怠や抑うつは治療すべきQOL上の問題となります。
〔有効処方の検討〕以下補中益気湯と四物湯との併用が有効と考える理由を述べます。専門知識がないと理解しにくいかも知れませんから、一般の方は読み飛ばしてもかまいません。
先の男性例とは異なりこの方は補中益気湯だけでは改善しなかった。初回は補中益気湯に四物湯を加える必要があった。2度目の悪化では十全大補湯では治らなくてやはり補中益気湯+四物湯が有効だった。これに附子を加えて一層よくなった。十全大補湯は四君子湯+四物湯だから、補中益気湯+四物湯との主な違いは後者が柴胡を含むことである。ちなみに3度目は柴胡を含む加味逍遙散と四物湯の併用で治った。以上からこの方の睡眠相後退に最低限必要なものは四物湯+柴胡であることがわかる。四君子湯もあった方がよいと思う。実際に補中益気湯+四物湯(+附子末)でよくなる例は他にも経験している。<2003.5.4掲載>
元へ戻る

DSPSに小柴胡湯+桂枝茯苓丸
〔症例〕男性 初診時21歳 事務員。
〔現病歴〕高校時代は夜更しだった。勤めて間もなく残業で深夜就眠が続いた。残業が終ってみると、夜に頭が冴え朝に寝ついて目を醒すのは午後4時を過ぎた。1年後の某年4月無断欠勤が重なり神経内科を受診し、睡眠相後退症候群と診断された。Vit.B12は効果なくまた睡眠剤は朝に嘔気がして止めた。同5月某大学精神科に紹介され筆者が診た。
眠剤が飲めないのとまた胸脇苦満や血の腹証があるので漢方薬を用いた。柴胡桂枝湯、小柴胡湯では一進一退だったが桃核承気湯に変えて直ぐに回復に向い同年8月には復職した。ただ桃核承気湯は苦くて飲みにくくまた下痢になるという問題を残した。
それから7年後及びその翌年にも再発し各8ヶ月間と4ヶ月間休職した。他病院でVit.B12を飲んだが効かなかったという。多分自然に回復したと思う。翌々年6月に5ヶ月間の休職に及び今度は筆者を訪ねた。当時は午前2時に入眠し午後11時に起床していた。
〔現在症〕中背。21歳当時は細身筋肉質だったが10年の間に堅太りに変った。無表情。脈緊張。腹緊満、右胸脇苦満、両上腸骨窩に強い圧痛を認め、以上は10年前の所見とほぼ変らなかった。便通1日2回で軟便。血圧152-90mmHg。
〔経過〕11月末受診。腹証を目標に大柴胡湯、次に桂枝茯苓丸を各1週間用いて反応しなかった。次いで桂枝茯苓丸と小柴胡湯を併用して1週後入眠時刻が少し早まった。無表情の中に一瞬笑顔がでた。朝飲むと吐き気がするという。2週後には12時入眠10時起床に改善した。4週後には下腹圧痛も大いに減じた。薬は忘れたり面倒になり夜1回服用になった。そこで両者5gずつを1回で飲んでもらった。あいにく年末自主退職を迫られ辞めてしまった。残念ながらまだ出勤は無理な状態だった。翌年1月初旬以降外来が途絶えた。月末に電話が入り薬が切れてこの10日間は飲んでないが12時に入眠し8時半に起床する、もう大丈夫と思うのでこれから職を探しますと伝えてきた。
〔コメント〕桂枝茯苓丸と小柴胡湯を用いてわずか1週後には症状が軽快しまた下腹圧痛も減じるなどの変化を認めた。もしこれが自然回復とするならあまりにも薬とのタイミングが合いすぎる。やはり薬が効いたと判断したい。<2003.5.4掲載>
元へ戻る