診療記録(冷え症)

ヨダレと嘔吐に人参湯+呉茱萸湯
〔症例〕女性 20歳 手伝い
〔既往歴〕精神発育遅滞で養護学校をでた。祖母のちょっとした小言に反応して興奮し物を投げ大声を上げる。そのため精神病院に何度か短期入院させてきた。
〔現病歴〕伯母同伴。1年前の3月以来ヨダレが出て止まらない。また毎日のように吐く。例の病院の薬を飲むと症状が改善しない上に活動も鈍くなる。これから就職活動に向けて動くのに動作不活発では困る。このまま安定剤(抗精神病薬)を続けたものか。
〔現在症〕小柄で痩せている。脈は沈弱。舌に微白苔。腹皮菲薄、心下痞?。手足冷え。生理腹痛(++)。便秘。
〔経過〕睡眠剤と緩和安定剤は続けさせた。
人参湯1週間後、気持ちの悪いヨダレが止まった。
人参湯+附子末1gで1週後、毎日のように水を吐く。首や肩がこりこめかみが痛む(患者に確かめてみると、先ず手が冷たくなり、頭が痛くなり、そして吐く。発作の経過は20分くらい。即ち呉茱萸湯の証である)。
人参湯+呉茱萸湯+附子末で2週目、嘔吐は1回に減少。嘔気は2~3日に1回なお強い頭痛が伴う。手足は温かくなった。
3週目、嘔気も頭痛も止まった。便秘が治った。
4週目、調子よい。手足暖かい。体重1㎏増し38㎏。縫製訓練所に入る。
6週目、体調よい。
〔コメント〕この患者さんは痩せて脈は沈んで弱く腹皮は菲薄で手足はひどく冷えており、誰が見ても人参湯の証です。人参湯を4週間のみ胃腸の働きが活発になり手足の冷えと便秘が治り体重も増えました。頭痛は実は嘔吐とともに偏頭痛発作の一症状でした。そのために用いた呉茱萸湯は人参湯と相まって一層身体を温めました。附子も温めるために加えました。人参湯は裏寒を呉茱萸湯は水毒を治す薬です。この症例は「はじめに」で述べた考え方つまり冷え(裏寒)とむくみ(水毒)とが相伴うことの証左です
元に戻る


身体の冷えに当帰四逆加呉茱萸生姜湯
〔症例〕主婦 55歳
〔既往歴〕子供のころ湿性肋膜炎。18歳結核性腹膜炎。甲状腺機能亢進症(歳不詳)。40歳子宮筋腫で子宮全摘、卵巣も片側をとった。54歳十二指腸潰瘍。
〔初診時の訴え〕夫の転勤に伴い仙台に暮しはじめた年の10月初診。受診すると心身両面様々の不調を一挙に訴えた。曰く、婦人科手術以来のぼせる、ひどいと不安になる。耳鳴がする。腰回りと大腿外側が冷える、腹の辺りまで冷える、手足も冷える。頭痛持ち。少し食べても腹が張る。体質的に疲れ易い何かすると直ぐ横になりたくなる。常に咽がいがらっぽく乾き気味。今右鎖骨の骨髄炎を患う(同部位が発赤腫脹)、風邪からきたといわれた。風邪が怖い余病の併発が心配だ。気が滅入る、些細なことでイラつき腹を立てる、何かすべきことがあるとしなければと焦り、焦る気持ちになると逆上せ、発汗、頭痛になる。それでまた疲れる。
これら多彩な症状に対し加味逍遙散+六君子湯を用い小康状態が続いた。扁桃腺の腫れと咽のいがらっぽさには麻黄附子細辛湯+桂枝湯が効いた。後々この処方は感冒によく効くのでたびたび用いた。
〔現病歴〕かくして3カ月経過した翌年の冬1月、腹と腰がやたらに冷えるといった。冷えると右下腹が鈍く痛み大腿まで引く。右ウエストも変に重く鈍い。そこをカイロで暖めると楽になる。
〔現在症〕中背痩せ気味。顔が青い。脈沈細弱。舌暗紫色、微白苔。腹は皮薄く陥凹して軟。上腹部で拍水音。鳩尾から臍上まで動悸を触知。両上腸骨窩に圧痛。皮膚が乾いて光る。便秘兔糞。頻尿傾向。腓返り頻回。血圧は普通。
〔経過〕当帰四逆加呉茱萸生姜湯7.5g分3を2週間飲むと腰腹の冷えが取れて腹痛が少々残った。気の塞ぎは楽になるなど大分よくなった。外出は依然おっくうで代理の夫が感冒薬を取りにきていた。同年8月しばらくぶりで受診。ご本人が申されるには「逆上せと発汗、腹と腰の冷え、右下腹に鈍痛があり大腿まで痛む。便秘で兔糞。暑いとか寒いとかギャーギャーいうので夫がエアコンつけたり消したり窓開けたりともう面倒みきれないといわれる」と。当帰四逆加呉茱萸生姜湯を再開し麻子仁丸を併用した。薬が切れると冷えるので同年12月までの5ヶ月間服用を続けた。その翌年は主に胃痛胃重に人参湯を飲みときに当帰四逆加呉茱萸生姜湯も用いた。あるとき薬を取りにきた夫がいった「急にイライラしだす、返事を返すとますます怒る、東京へ帰りたいという、わかったわかったといって……」。5年後外来が途絶えた。東京へ戻られたのかも知れない。
〔コメント〕若いときから重大な病気を幾つか患った方です。そのためか冷えも単に冷えだけでなく、上熱下冷、身体痛、苛立ち、気塞ぎを伴いました。それで生活の多面にわたり支障を来しました。当帰四逆加呉茱萸生姜湯が効いたことは幸いです。腰痛に揚げた男性例もそうでしたが、暖かい関東から移った方は仙台の冬に慣れるまでが大へんです。
元に戻る

腰が冷える腰が重いに苓姜朮甘湯
〔症例〕男性 64歳 隠居
〔主訴〕漢方で足腰の冷えを治したい。できれば耳鳴りも治したい。
〔既往歴〕20歳肺結核。50歳群発性頭痛。56歳脚重く八味丸。58歳変形性脊椎症。61歳突発性難聴。62歳脳梗塞で耳鳴と目眩。
〔現在症〕長身で体格良。脈はコロコロ固い。舌平。腹力中等度。臍上動悸。臍下不仁なし。両足先触れると冷たい。漏斗胸。血圧正常。
〔経過〕某年10月初診。長年飲んだ八味地黄丸は続けてもらった。足腰の冷えには当帰四逆加呉茱萸生姜湯を処方した。足が冷えないと話すこともありしばらく続けてもらった。翌年3月結局冷えがよくないので牛車腎気丸に変えた。同年9月腰が重苦しく階段で足が挙がらなくなった。牛車腎気丸+苓姜朮甘湯にすると3週間後には腰が楽になりスッと立ち上がれた。6週間後には足が温まり湯たんぽが要らなくなった。毎日12㎞歩いて疲れないといった。翌々年の3月銀杏葉茶で胃もたれと下痢を起こした。患者はこれを漢方のせいと考え服用を中止した。すると間もなく排尿に勢いなくなり、集中力が低下しイライラし、物事が億劫になった。牛車腎気丸+釣藤散に変えるとほぼ回復した。しかし再び腰が重苦しくなり牛車腎気丸+苓姜朮甘湯に戻して落ち着いた。この処方で1年弱の間はよい状態が続いた。3年後の2月尿意がすると我慢できなくなるので散歩にもでられないという。清心蓮子飲+苓姜朮甘湯に変えて尿意切迫は治まった。しかし尿が出渋る、歩いても身体がだるい、気分も重く外出する気力が湧かないという。牛車腎気丸+清心蓮子飲に変えて排尿障害とうつ気分も回復した。1カ月後の同3月膝下が冷える、ピリピリする、湯たんぽでも足が温まらない。腰重く座ったきりの生活、尿線細く時間かかるという。牛車腎気丸+苓姜朮甘湯に戻した。4年後の4月身体が冷え頭痛して気分が悪いという。一時的に苓姜朮甘湯を呉茱萸湯に変えて落着き処方をまた戻した。5年後の10月清心蓮子飲+苓姜朮甘湯で体調よく過している。尿が多少は出渋る。
〔まとめ〕興味深いことに、同じ患者さんがその効能が似ている八味地黄丸(牛車腎気丸)、苓姜朮甘湯、清心蓮子飲の3つを必要とした。それぞれの処方の違いが勉強になりました。
牛車腎気丸は排尿困難、疲労倦怠、抑うつ気分など広い範囲の症状に有効でした。
苓姜朮甘湯は腰脚の冷えに効きました。腰が重いってそういうことなのかと教えられました。足腰の冷えは附子を増やせば牛車腎気丸でもある程度は対応できると思いますが、やはり苓姜朮甘湯が必要でした。膝がピリピリするは痛みの変形ですか。痛みにも本方を用いると成書にはでています。苓姜朮甘湯は人参湯と同じ甘草乾姜湯の仲間ですが、人参湯の人参を茯苓に置き換えただけで、これで証がガラッと変化するのは面白い。
清心蓮子飲は尿意切迫に有効でした。しかしこちらに切り替えると、尿が出渋り、抑うつにもなり、八味地黄丸に代わることはできなかった。最近は飲まなくともうつにはならない点はどう考えたらよいか。
元に戻る

冷えて悪化する泌尿器症状に呉茱萸湯+苓姜朮甘湯
〔症例〕女性 31歳 主婦
〔主訴〕下半身の冷え、頻尿、陰部疼痛など。
〔既往歴〕2年前の3月仙骨部に脊髄腫瘍で摘出術を受け背部疼痛が治った。
〔現病歴〕4年前に出産してから下半身が冷える。唾液が少なく喉が乾燥して痛む。ドライアイにもなった。その後さらに尿道口が腫れて痛んだ。また頻尿になりかつ尿が出渋って残尿感もある。失禁するのでパットが必要になった。3年前泌尿器科では異常はなといわれ神経科の安定剤と眠剤を続けた。最近困ることはいつも明け方に身体が冷えきって目が覚めてしまうこと。そして頻尿のため何度もトイレに起きる。局部も痛む。ときにはこれに嘔気が加わる。さらに頭痛も伴うと最悪の状態になる。
〔現在症〕細長型。脈沈細。舌乾燥。胸から腹がやや陥凹。腹皮は薄く緊張が弱い。心下から臍上まで動悸を触れる。足先が冷たい。便通1、2回。明け方にトイレ数回。生理は規則的だが生理前に苛つきと腹痛が強い。血圧正常範囲。お産1回。
〔治療経過〕某年11月初旬初診。以前の神経科の安定剤と睡眠剤は続けてもらった。
冷えと頻尿に当帰四逆加呉茱萸生姜湯+清心蓮子飲を用い、3週後には頻尿が止み局部の痛みも消え、患者は嬉しいといった。冬の寒さが深まって5週後には再発した。体を温める附子末1gを加え4週間続けたが、翌年1月には朝方の冷えが強まり上記頻尿と疼痛も一層悪化した。清心蓮子飲を止め胃腸から温めようと人参湯に置き換えた。しかし意外にも悪心を訴えたので薬を元に戻した。朝の目覚め際に症状が強いことから、1包は必ず就床前服用とした。かくして3月までの2ヶ月間失禁も含めて症状はなく落ち着いていた。調子よく過ごせてこんなに身体に合う薬は過去になかったと喜んでくれた。更に同じ処方を続けて6月下旬になってまた朝方の冷えと頻尿が再燃した。その上嘔気で朝食も昼食も摂れなかった。日中も下半身が冷えて眠くなった。トイレに何度も通うだけでも疲れた。家事も子供の世話も満足に出来なかった。夫が帰宅すると体調はどうと言葉をかけもしないと訴えた。執拗な口調で人が変わったようだった。夫は寡黙に聞く一方で言葉を返せなかった。親が見かねて夫婦を実家で生活させた。抑肝散加陳皮半夏に当帰四逆加呉茱萸生姜湯あるいは当帰芍薬散を併用したが心身状態は好転しなかった。7月になり朝足の冷えと嘔気に加えて頭痛も現れた。ズキズキ痛むのではないが重苦しいという。また腰から下が重苦しく立っていられないと訴えた。8月初旬処方を変え呉茱萸湯+抑肝散加陳皮半夏として1週後、嘔気、頻尿、失禁がはじめて軽減した。次に呉茱萸湯+苓姜朮甘湯に変えて1週後、足の重さも消えて歩行が楽になった。長く続いた症状が急によくなりビックリしたという。歩ける分頻尿でトイレに何度も立ち疲れて体力はかえって消耗した。このころ夫が急病でしばらく入院し後遺症を残した。前方に抑肝散加陳皮半夏7.5gも加え3者併用を6週間続けた。家庭は深刻な事態だったが心身の状態はわりに静かだった。9月下旬寒くなり明け方トイレに立ったのを期に処方を呉茱萸湯5g+苓姜朮甘湯5g+附子末1gに戻した。10月初旬朝に嘔気が出て2者ともに5g→7gへ増し附子末も1g→2.0gに増やした。11月中旬冷え込みが強く朝方の嘔気と局部痛を口には上せたが生活に支障がでるほどはでなかった。引き続き安定状態が続き翌々年初めから処方を4週間に延ばした。この年10月陰証の風邪を引きその後水様下痢、悪心、食欲低下に転じて2週間治らなかった。敢えて人参湯を1週分処方した。かつては悪心を訴えたこの薬が、今度は効いて2日で食事が取れて下痢もしなくなった。呉茱萸湯+苓姜朮甘湯+附子末は翌年も飲み続けた。例年にない厳寒の冬でも症状は再燃しなかった。1年7ヶ月が過ぎた現在でも前方続けている。
〔治療メモ〕この方の冷え、頻尿、尿失禁、陰部疼痛などに呉茱萸湯がよく効きました。ただ本方がこれらの症状に有効という話はあまり聞かないのでこの症例を紹介しました。
呉茱萸湯は現代では頭痛の薬として頻用されています。苦辛い味でとても飲みにくいですが、頭痛特に偏頭痛にはすばらしく効きます。さて呉茱萸湯を頭痛に用いる根拠は『傷寒論』、『金匱要略』という古典に条文が一つあるからです。これに対し嘔吐の条文は三つあります。それで古典の時代には呉茱萸湯は頭痛よりも嘔吐に多く用いられた印象を持ちますが果たしてどうだったでしょう。ともかく現代の漢方では嘔吐に用いた報告が見あたりません。
このようなわけで、6月下旬に冷えと嘔気を訴えたときはまだ呉茱萸湯は脳裏に浮かびませんでした。8月初旬に頭痛を訴えてはじめて本方に思い当たったのです。
呉茱萸湯で冷え、頻尿、尿失禁、陰部疼痛までもが改善しましたが、これは古典はもちろん現代でも治験も議論もないことで、どう説明してよいか思案中です。(050402)
元に戻る
泌尿器に戻る