診療記録(感冒)

風邪のうつ気分に香蘇散
〔症例〕 19歳 女子大生
〔既往歴〕胃が止った感じになると市売の安中散を飲む。
〔現病歴〕某年6月初旬初診。母親(当院の患者さん)が付き添った。2ヶ月前に大学に入りバタバタ忙しそうにしていた。それでいて、大学は一人一人がバラバラで高校時代のような所属感がない、クラスメートに妙に気をつかうとふと漏らすことがあった。
 6月のある日合宿から戻っ翌日に風邪を引いた。咽が痛んで鼻水が止らない。咳や痰はなく寒気や熱感も覚えない。食欲はあるが臭いや味がしない。全身の怠さが抜けない。売薬の感冒薬を飲んでも風邪は治らない。学校を休んで考え込んでいる。
本人は傍らで質問にうなずいて反応する程度で積極的には話さない。うつかなと思ったがもともとそのような人らしい。
〔現在症〕身長162㎝、52㎏。体格はよいが、肌が黄色っぽい。脈が浮で数。舌が乾き白苔がつく。咽の奥をのぞくと粘膜が暗紅色。腹診では特徴的所見なく虚実間の印象。
〔経過〕はじめは5月病に風邪が重なったものと見た。間もなくいやそうではなくて、普段胃腸の弱い人が風邪で抑うつになったと見方を変えた。香蘇散を処方した。受診当日同湯を2包飲み1晩寝て起きたら“気分が明るくなり”登校した。3日で廃薬した。
〔コメント〕風邪とはいっても発熱・咳・痰などのいかにも風邪といった症状はない。うつと倦怠感が主症状で“地味で目立たない”状態である。普段胃腸の丈夫でない人が風邪を引くとこのような香蘇散証を呈する場合がある。季節では春や夏の風邪。同じく胃腸の丈夫でない人が発熱、咳、痰の出る風邪を引くと参蘇飲が効くように思う。こちらは冬の風邪。
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風邪の食思不振・倦怠・下痢に参蘇飲
〔症例〕 女性 53歳 事務員
〔既往歴〕慢性のめまいに半夏白朮天麻湯が有効で、これを継続して胃の調子もよくなった。
〔現病歴〕ある年の冬2月老母が病死し実家で忙しく過した。自宅に戻ったら38.5℃に熱発し右腕が痛んだ。解熱鎮痛剤を飲んで休み一旦はおちついた。治ったと思い出勤したらぶり返した。
食欲不振、不眠、下痢、倦怠脱力、時に咳をすると痰が絡みゼロゼロした。すでに10日経っていた。
〔現在症〕小柄でやせ気味の人。脈は沈で緩い。鳩尾が広い範囲で少しい(心下痞)。臍上に動悸も触れる。通じ3日に1回。身体の調子が悪いと手がほてる。
〔経過〕参蘇飲7.5gを1日3回に分けて1週分をあげた。1週後の報告では、風邪は4日間で殆ど回復し、今は咳が少し残り身体がシャキッとしないといっていた。
〔コメント〕この方は半夏白朮天麻湯が効くので風邪には参蘇飲を用いた。
何故参蘇飲かといえば、両者ともに二陳湯という処方から出来ているから。二陳湯はかつて痰飲の主方とされた薬で、その加味方が多様多彩な症状に用いられた。今ではその数は減ったが、それでもエキス剤から拾い上げるだけでも、半夏白朮天麻湯や参蘇飲以外に、六君子湯、清肺湯、二朮湯、五積散、釣藤散など日々使われる大切な処方がある。
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風邪の寒気・咳嗽・節々痛に参蘇飲
〔症例〕 女性 43歳 主婦
〔既往歴〕もとから鼻アレルギーで春先と冬は調子に悪化する。
〔現病歴〕某年初春3月風邪をひいた。咽が痛み、ゾクゾク悪寒し、咳がでて、からだ全体の節々が痛んだ。そのほか鼻水、クシャミ、目の廻りの痒みも伴った。アレルギーと風邪が一緒に来た感じだった。2日後に受診。
〔現在症〕156㎝、44㎏。やや痩せて顔色が青い。普段脈は沈数、腹は軟らかく、鳩尾に振水音、また臍上には動悸を認める。寒がり。
〔経過〕痩せて顔は青白く脈も沈んでおり、陰証の風邪として麻黄附子細辛湯+桂枝湯を処方した。これで治るだろうとたかをくくっていた。しかし5日飲んでも寒気は続き、からだの節々が一層痛み、食欲もなく、咳と痰も続き、からだも怠かった。
参蘇飲に変えたら2、3日で食欲がでて、からだの痛みも取れ、37.5℃だった熱が36.9℃に下がった。
〔コメント〕診察しながら証を考えて、症状が複雑だなという印象が一瞬よぎったが、迷いを振り払い麻黄附子細辛湯+桂枝湯の証と決めた。本方多くの例で効をとりその使い方には自信があった。これが災いしてこのときこれしか思い浮かばなかった。結果が無効とわかってやっと証の取り違えに気がついた。陰証と見たのは間違いで、陽証の風邪で胃腸虚弱が絡むと考え直し、参蘇飲に変えたら的中した。
今思うに、顔色が青いとか脈が沈むなどは確かに普通は陰証のサインと見て間違いではないが、この方は普段がそうなので、風邪の陰陽判断の参考にはならなかった。それに麻黄附子細辛湯+桂枝湯の証には食欲低下はない。また節々が痛むことは陰証の麻黄附子細辛湯証にはなく、先ずは陽証から考えを進めるべきだった。
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風邪で2週間だるさと熱感が取れないに補中益気湯+麻黄附子細辛湯
〔症例〕女性 51歳 主婦
〔既往歴〕普段身体が火照って疲れ易く通院されている方。如神散加味方が有効だった。
〔現病歴〕某年11月初旬風邪を引いた。咽がいがらっぽい。朝に咳と青緑の痰が少々出る。鼻水がよく出る。背中が苦しい。汗ばんで熱感もあるが測ると36.5℃で熱はない。身体のだるいのが辛い。すでに2週間経つが治らない。
〔現在症〕中背で肥満体。色白。脈は普通。血圧正常範囲。
補中益気湯+麻黄附子細辛湯を処方した。1週後の報告では、夜から飲み始めた、1服で発汗して熱感が引きぐっすり眠った。朝起きるとだるさが取れていた。
〔コメント〕わずか1包飲んだだけなのによく効いた。患者さんは驚き喜んでいた。以後風邪を引くとこの薬を飲み、風邪を長引かせなくなった。
風邪が長引いて数週間から1ヶ月と治らないとき、いつもは桂枝湯+麻黄附子細辛湯をよく使います。これを4,5日あるいは1週間飲むと治ります。1日2日ということもたまには経験しますが、1包で治ったというのはこの方ぐらいでめずらしい。この方には補中益気湯+麻黄附子細辛湯を飲んで頂きましたが、両者使い方はほぼ同じです。身体のだるさが強いときは桂枝湯を補中益気湯に置き換えて使うことにしてます。
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のどかぜ(咽痛・嗄声)に桂枝湯+麻黄附子細辛湯
〔症例〕 男性 54歳 会社経営
〔既往歴〕幼少時アデノイドでよく熱をだすので手術で取った。その後も慢性扁桃腺炎で両側の扁桃腺が腫れて暗赤色である。咽の粘膜もまた暗く汚れた赤い色をしている。
仕事柄接待で飲酒の機会多く飲んだ翌日は声が嗄れる。六君子湯を平素愛用する。
風邪を引くと先ず咽が痛み声が嗄れてくる。いわゆるのどかぜの状態となる。
〔現病歴〕某年11月下旬のある日。最近出張続きで無理していたら昨日来咽が痛む。唾を飲み込むと咽に引っかかる。嗄声になった。頭痛がして鼻水も出る。背筋に添って寒い。身体がだるい。
〔現在症〕中背、軽度肥満。色黒。脈はやや沈んで細い。腹は膨隆気味で弾力がある。臍下不仁を認める。いつも笑顔を絶やさず話すと相手を心地よくする人なのに、今日は顔色が青っぽく沈んで明らかにいつもと違う。咽を覗くと両扁桃腺が普段に増して腫れ上がり、咽が塞がるかと思うほどである。赤味も増している。こんなに腫れあがっていればさぞ辛いだろう大いに訴えるに違いないと思い水を向けた。しかし予測に反して言葉少なく静かに話すだけだった。
〔経過〕表情がさえず、脈が沈み、咽痛を認めるので陰証の風邪に間違いなかった。桂枝湯+麻黄附子細辛湯を1週分処方した。その日午後から3包を飲み、翌朝起きたら体調がグッとよくなっていた。だるさが治り咽痛・嗄声も消えた。
〔コメント〕1週間後の外来では、過去に葛根湯など飲んだが風邪にこんなに効く漢方ははじめてだと感心されていた。そういう表情はいつもの生き生きした感じに戻っていた。
陰証の風邪に桂枝湯+麻黄附子細辛湯(煎じ薬では桂姜棗草黄辛附湯)を使う方法は松田邦夫先生にお習いした。松田先生は室賀正三先生からお聞きしたとのこと。私は初期に教えて頂いたおかげで、早くから使い覚えて陰証の風邪を数え切れないほど治した。そもそも陰証という状態を実地で理解したのもこの処方での治療によってでした。陰証(少陰病)に陥るといつもと違い、顔色が青黒く、表情にも精彩がなく、だるくものうく寝ていたい状態になります。風邪の場合なら、華々しい症状がなくて単に元気がないという印象を与えます。子供でしたら、泣き騒ぎもせず、単に“グッタリして”元気がないだけです。
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インフルエンザの疑いに柴葛解肌湯
〔症例〕女性 23歳 大学生
〔既往症〕花粉症、アトピー性皮膚炎、秋口に気管支喘息などで漢方を飲んでいる。
〔現病歴〕某年の冬2月下旬。朝起きると節々が痛んだ。熱を測ったら38.7℃あった。その後寒気がひどくなり熱が39.3℃に上がった。頭痛と食欲不振も訴え元気なくゴロゴロしている。口がカラカラに乾くという。本人は来れなくて母親が代わってきた。
〔現在症〕中肉中背。このとき本人を診てないが、普段は脈普通、腹は腹筋が緊張気味。
〔経過〕柴葛解肌湯(浅田家)を3日分だけ処方。2日飲んで解熱し登校した。 
〔コメント〕症状と高い熱から考えインフルエンザを疑った。下手な漢方治療で悪化させてもいけないので内科受診を勧めた。しかし母親は平素漢方を信頼しおり薬を望んだ。改善しなければ直ぐ内科にゆくという条件で3日分だけ薬をあげた。処方は、諸症状からみて麻黄湯、葛根湯、小柴胡湯の証を認めかつ口渇もある。そこで柴葛解肌湯を試みた。これだけの症状がわずか2日の服用で治って登校したのだからとてもよく効いたと思う。
大青竜湯も考慮したが、これは大塚敬節先生の本には普段体力のある人が流感や肺炎にかかり煩躁してもだえ苦しむときに用いるとある。母親の話からはこの患者さんに煩躁状態の様子は窺えなかった。また普段は虚証向きの薬が効く人だった。
柴胡葛肌湯(浅田家):柴胡 葛根 麻黄 桂枝 黄芩 芍薬 半夏 生姜 甘草 石膏
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風邪の予防に小柴胡湯
〔症例〕女性 71歳 主婦
〔主訴〕風邪を引きやすい
〔既往歴〕高血圧症、変形性膝関節症、腰痛症
〔現病歴〕風邪の経過は、まず初めは眠気がして体がダランとなる。動くのが億劫になる。次いで喉がチリチリ痛み体にザワザワ寒気がする。喉の奥が赤く熱感がしてくる。そして胸元が苦しくなり咳になる。痰のでない乾いた咳で一度出ると立て続けに出る。咳込みで胸が痛くなる。治り際に咳とともに痰が少量出る。全経過1週間くらい。
通常はこれで治る。ときには咳が止んだ後今度は嘔吐と下痢で数日間寝込む場合がある。ムカついて食べられない。4㎏も痩せたことがある。普段人混みに出るときは必ずマスクをする。それでも秋から冬は何度も風邪を引いてしまう。
〔現在症〕やや小柄で色は浅黒い。舌質は暗紅で乾燥。斑紋状の舌苔剥離を認める。脈は緩。腹はやや軟。臍下不仁を触れる。両側の扁桃腺が常に軽く腫れている。風邪を引くと腫れと赤みが増す。
〔治療経過〕某年秋9月に膝関節痛のため初診した。膝痛が治ると腰痛になりその治療も続けて3年半が経過した。初診で患者さんが述べたとおり、風邪はこの間秋から冬にかけて毎月のように引いた。翌年の秋から小柴胡湯5gを2ヶ月ほど続けその間は確かに引かなかった。量を2.5gに減らすと防げなかった。膝痛と腰痛と両方の処方で薬の量が多い時期は同湯を休んだ。このときもやはり引いた。そこで同湯5gを休まず続け過去1年以上全く風邪を引かなくなった。
〔治療メモ〕以上の経過より小柴胡湯を飲むと風邪を引かないことがはっきりわかります。
小柴胡湯は、風邪に限りませんが、病気の治りが悪く慢性化しやすいとき、あるいは何度も繰り返す傾向があるとき、体質改善をはかり病気を予防する目的で用いる処方の一つです。小柴胡湯よりも柴胡桂枝湯が合う人もいます。
風の初期症状は眠気、倦怠で次いで咽痛、寒気がでます。これは陰証の風邪です。多分麻黄附子細辛湯が効くでしょう。次の乾いた咳き込みは麦門冬湯かあるいは滋陰降火湯の証を考えます。そして吐き下しは霍乱病で人参湯の証かも知れません。この方は風邪を引くと外出を控えるのでこれらの処方飲んでいただいたことがなく残念です。
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咳き込みに滋陰降火湯(1)
〔症例〕女性 56歳 
〔現病歴〕2週間前身体に寒気がして怠かった。そして咳が出始めると止まらなくなった。咳き込みは夜に布団に入り暖まると盛んになる。痰は出ないし絡みもしない。
〔現在症〕中肉中背。脈はやや緊。舌は無苔。口中乾く。腹皮薄い。鳩尾に拍水音を聞く。臍下不仁。咽喉粘膜は軽度発赤。
〔治療経過〕某年春5月初診。やはり夜身体が温まると咳き込むので滋陰降火湯を用いた。7.5g分3を5日間飲み咳き込みはほぼ治まった。
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咳き込みに滋陰降火湯(2)
〔症例〕女性 31歳 主婦
〔現病歴〕しばらく前に風邪を引き内科の風邪薬で咽痛は治まった。しかし咳が治らない。1ヶ月になる。口が渇いて夜寝る前頃に咳き込む。
〔現在症〕やや大柄で色白。どことなく表情に生気がない。脈は細弱。舌は無苔で鮮紅。腹皮は厚く弾力もある。両側の季肋下は押して抵抗あり。両上腸骨窩に強い圧痛を認めた。
〔治療経過〕某年8月初旬初診。夜寝る前頃に咳き込むということで滋陰降火湯の証であるのは容易にわかった。7.5g分3で1週間飲んでいただくと痰が出て咳が止まるようになった。また服薬後5分~10分たつと汗が出るようになった。更に2週間分服用。ごくたまに咳き込む程度に減少した。同湯5週間後咳は全く消えた。
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咳き込みに滋陰降火湯(3)
〔症例〕56歳 男性 会社員
〔既往〕大病なし
〔現病歴〕4日前から風邪で熱感、発汗、咽痛、痰(薄緑色)、咳き込みなどの症状が治まらない。咳き込みは日中は少ないが夜布団に入って体が温まるとはじまる。咳き込みで夜眠れないのがつらい。内科の感冒薬を飲んだが楽にならないので当科を受診した。
〔現在症〕背丈は男性にしては小柄だがズングリとした筋肉質の体格で赤ら顔。脈数。舌暗赤。薄黄苔少々。腹は膨隆し緊満。便通1日2回。夜トイレ1、2回。血圧正常。喉は覗いてみると全体に暗赤。扁桃腺は腫れていない。
〔治療経過〕滋陰降火湯7.5g+桔梗湯7.5gを分3で4日分処方した。その日3包を飲み咳き込みが和らいだと翌日の昼頃に電話で知らせてきた。
〔診療メモ〕「夜に身体が暖まると咳き込む」は滋陰降火湯の証である。でも同湯は慢性症状に多く用い風邪の急性期炎症にも使えるか否か躊躇した。なにしろ体格は実証の見本みたいな人である。風邪を引けばやはり陽実証で咽喉の粘膜は真っ赤だろうと想像した。同湯の主要な薬味の一つである地黄は補剤だからかえって炎症を悪化させるかも知れない。で、喉の奥を覗いて見ると意外や暗赤だった。暗赤つまり粘膜が疲れて乾いた感じで虚証の炎症を示していた。
滋陰降火湯に含まれる地黄は知母と協力し、滋潤して解熱することがよく理解できた。
原典の『万病回春』を開くと「滋陰降火湯 陰虚火動、発熱、咳嗽し、痰を吐して喘急し、盗汗して口乾くを治す」とある。よく読むとやはり風邪や気管支炎の急性期でも虚証なら使ってよさそうである。同湯は急性期に用いる機会はないと思ってきたが、これは鄙見で根拠のない思い込みだった。それにつけても「夜に身体が暖まると咳き込む」は本当に普遍性のある口訣だと感心した。
なお各症例をまとめながら気づいた。それは滋陰降火湯の証に移行する風邪は、麻黄附子細辛湯の証のような、陰虚証という印象がある。今後注意してみてゆくことにする。
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