診療記録(疲労倦怠)

虚労病の一例
皮膚と尿道の痛痒に桂枝加竜骨牡蛎湯+苓甘姜味辛夏仁湯
〔症例〕19歳 男性 大学浪人
〔既往症〕小児期に自家中毒。中学時代から鼻閉・鼻水(アレルギー)、皮膚掻痒、目眩、手足のシビレなどの症状がはじまった。
〔現病歴及主訴〕普段から胃がもたれやすい。小食である。運動すると腰が痛む。このごろすぐ眠くなる。目眩がして頭の周りがボンヤリする。手足がシビレる。盗汗をかく。これに加えて最近頭皮と尿道が痛痒く治そうと思った。しかし症状がどの科にも当てはまらなくてどこがよいかわからなかった。母親が自律神経といったので神経科に決めた。
〔現在症〕痩身。脈緩。舌白苔。腹は腹直筋が緊張し、鳩尾を揺するとボシャッと水の音がした。臍の上に正中芯と動悸を触れた。便通1回。血圧正常。
 痛む部位は頭頂でやや後頭部より、皮膚が厚みを失って少し陥凹し、色も薄ピンクに退色し、直径1㎝位の円形をなす。左右に1個ずつ認める。左足のスネにも同じ性状で直径3㎝位のが1個ある。どういう皮膚疾患なのか名前はわからないが、症状全体がいわゆる虚労だから、皮膚の変化もその類で漢方の適応と考えた。
〔経過〕某年7月初診。腹直筋が突っ張り臍上動悸も触れること、また皮膚症状が円形脱毛症を連想させたので、桂枝加竜骨牡蛎湯を処方した。わずか1週間でスネの患部は小さくなり赤味が消え痛痒さも消えた。漢方の効果に驚いた。頭部と尿道の方は多少の痛痒さが残った。その他寝起きと排便の切れもよくなりやはりこれも虚労であった。
8月上旬たまに尿道が痒く押すと痛んだ。
9月上旬アレルギー性鼻炎で目や鼻の粘膜が痒くなり苓甘姜味辛夏仁湯がよく効いた。頭の患部は3㎜大に縮小した。以後桂枝加竜骨牡蛎湯と苓甘姜味辛夏仁湯との併用を続けた。
10月頭部の痛痒はほぼ消えた。
12月状態が安定したせいか2週分の薬を1ヵ月で飲んだ。
翌年2月からは同じ量を2ヵ月かけて飲んだ。
同3月ころ部屋掃除の埃で鼻がムズムズして肘や膝の裏の皮膚も痒かった。このとき尿道も痒くこれは一種のアレルギー反応と思われた。
同9月頭のかつて部位がヒリヒリした。疲れていたときだった。
翌々年3月で外来が途絶え初診後1年8ヵ月で終了した。
〔メモ〕『金匱要略』という漢方の古典に血痺虚労病という病態とその処方が載っている。この患者は虚労の典型的な症状を持っていた。“症状がどの科にも当てはまらない”のは当然だった。虚労は現代医学から見ると症状が幾つもの科に分れて纏りを失う。他方漢方にはこれを治す薬があって幸いだというのが実感でした。
ところで大塚敬節著作集のどこかに「桂枝湯は皮膚の栄養剤」とあるのを読んだことがある。厚みが減って色も薄ピンク色に退色した皮膚が桂枝湯類の桂枝加竜骨牡蛎湯で治ったことは、まさに皮膚の栄養剤という言葉がぴったりです。皮膚の栄養剤なんて一見医学的でない言葉のようですけども、どうして言葉の裏には深い洞察が込められている。治療の経験を積んでみないとわからないこともる。理屈で説明すれば何でもわかると思うのは間違いだと思った。
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